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2000年12月16日より日比谷スカラ座他全国東宝洋画系にて公開
2000年/アメリカ/2時間4分/シネマ・スコープ/フェニックス・ピクチャーズ/ノベライズ:シネマ・ブックス(講談社刊)/日本テレビ放送網・東宝東和共同提供
◇製作総指揮:デビッド・コーツワース、ダニエル・ペトリ,Jr. ◇製作:マイク・メダヴォイ、アーノルド・シュワルツェネッガー、ジョン・デイビソン ◇監督:ロジャー・スポティスウッド ◇脚本:コーマック&マリアンヌ・ウィバリー ◇編集:マーク・コンティA.C.E.、ドミニク・フォーティン、ミシェル・アルカン ◇撮影:ピエール・ミニョ ◇プロダクション・デザイナー:ジェームズ・ビッセル、ジョン・ウィレット ◇音楽:トレバー・ラビン ◇VFX:リズム&ヒューズ・スタジオ ◇メイクアップ効果:アレック・ギリス、トム・ウッドラフ,Jr. ◇キャスティング:ジュディス・ホルストラ ◇衣装:トリッシュ・キーティング
◇キャスト:アーノルド・シュワルツェネッガー、トニー・ゴールドウィン、ロバート・デュバル、マイケル・ラバポート、マイケル・ルーカー、サラ・ウインター、ウェンディ・クルーソン、ロドニー・ローランド、テリー・クルーズ
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| 解説 | ストーリー | キャスト&スタッフ | | オフィシャルサイト | シュワルツェネッガー来日記者会見 | WERDE OFFICE | CINEMA WERDE |
【解説】
◆みんな、準備はいいか!
1991年6月、『ターミネーター2』でSFX映画史上空前のNO.1ヒットを記録してから9年―。
ついに今世紀最高のアクション・ヒーロー=アーノルド・シュワルツェネッガーが21世紀に向けて放つ、とてつもない映画がやってくる。
『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』のロジャー・スポティスウッド監督が、シュワルツェネッガーとハリウッドの最強スタッフと共に、1億2000万ドルという巨費を投じて描き出すのは、そう遠くはない未来、想像を絶するテクノロジー進化の世界。
遺伝子学と生体工学が高度に発達したため、地球的規模で生活の質は一変し、世界の飢餓問題は一挙に解決。世界経済はかつてない高みに達して、<再生>技術が人類に恩恵をもたらしていた。一度は魚が姿を消した川や湖には魚が満ちあふれ、移植用の人間の臓器が研究所で培養される。しかし、この時代における驚異的な技術革新は、同時にまた、ニュー・テクノロジーを支持する者と、道徳的な理由からそれに反対する者との対立をも生んでいた。科学の名のもとに、果たしてどこまで社会が進んでよいのかという問題は、社会的・倫理的なジレンマである。それゆえに、“人間の再生”だけは違法行為とされていた。<人間は人間を造り出してはならない>とする「6d法」(“神は第6日目に人間を創った”という聖書の一節から名づけられた)が制定され、違法行為を試みたものは何人も、40年以上の懲役を課せられるのだ。
しかし、ある日、ついに「6d法」が破られた!
『シックス・デイ』は、そんな時代を背景に、愛する家族と自分自身の存在そのものを奪い返すために闘う、ひとりの男の物語であり、まぎれもない21世紀そのものの映画なのだ。ハイ・テンションのスーパー・アクション満載はもちろん、かつてないスピード感に満ちたサスペンスフルなストーリー!そして、シュワルツェネッガーが最初で最後の試みとして仕掛けた、驚愕のラストに、どう立ち向かうのか…!?
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【ストーリー】
◆これは現実か、幻か?!人類消滅の危機が迫る!
21世紀に入り、恐るべき速さで突き進む科学の進歩がもたらした人間生活のデジタル化は、あらゆる分野に影響を及ぼし、ドッグ・イヤーと呼ばれる“時間の高速化”を生み出していった。そして、バイオ・テクノロジーによる遺伝子操作は、生命の領域にまで踏み込んでいく。
しかし2010年―ついに飽くなき人間の欲望によって、禁断の扉が開け放たれた。「6d法」が破られたのである!
ある日、アダム・ギブソンが仕事を終えて帰宅すると、そこにはすでに“もう一人の自分”がいて、愛する家族とともに彼の誕生日を祝っている…。あまりの事に、呆然と立ちすくむアダム。誰が、何のために…そして、なぜアダムが選ばれたのか?突然、自分の身に襲いかかった事件の秘密を探るために、そっと家を離れるアダム。しかし、アダムの考えとは裏腹に、周りの人々が次々と事件に巻き込まれていく。
戦慄すべき現実を前に…家族を―そして自分自身をも取り戻すために、アダムはたった一人、<未来>に向かって闘いを挑む!
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【キャスト&スタッフ】
■アーノルド・シュワルツェネッガー(アダム・ギブソン)
ジェームズ・キャメロン監督作『ターミネーター』(1984)の主役として、彗星のごとく登場して以来、シュワルツェネッガーは『ツインズ』(1988)、『キンダーガートン・コップ』(1990)、『トータル・リコール』(1990)、『ターミネーター2』(1991)、『トゥルーライズ』(1994)、そして、1996年夏のアクション大作『イレイザー』、悪漢のミスター・フリーズを演じた『バットマン&ロビン/Mr.フリーズの逆襲』(1997)、『エンド・オブ・デイズ』(1999)などを次々とヒットさせてきた。
シュワルツェネッガーの映画界におけるキャリアは、1977年、ミスター・ユニバース大会の内幕話を描いて、高い評価を得た長編ドキュメンタリー『アーノルド・シュワルツェネッガーの鋼鉄の男』に始まる。続く作品は、ボブ・ラファエルソン監督の『ステイ・ハングリー』(V)で、サリー・フィールドとジェフ・ブリッジスの相手役として出演、ゴールデン・グローブ賞の新人賞を受賞した。1978年、シュワルツェネッガーはプロのボディビルダーを引退し、俳優業に専念。ロマンティックなアクション・コメディ西部劇『サボテン・ジャック』(V)で、カーク・ダグラス、アン・マーグレットと共演。転機は1982年のジョン・ミリアス監督作『コナン・ザ・グレート』に主演した時に訪れる。この作品の興収は世界中で1億ドル以上をはじきだし、続いて製作された『キング・オブ・デストロイヤー/コナンPART2』(1984)も人気を博して、シュワルツェネッガーの熱狂的ファンを生んだ。1983年、米国の市民権を取得してまもなく、シュワルツェネッガーは無名の監督による低予算のインディペンデント映画でチャンスをつかむ。ジェームズ・キャメロン監督のSFスリラー映画『ターミネーター』は、記録的な興行成績をあげ、「タイム」誌の「年間映画ベスト10」の1本に選ばれた。続く数年間に出演した『コマンドー』(1985)、『ゴリラ』(1986)、『プレデター』(1987)、『バトルランナー』(1987)、それに『レッド・ブル』(1988)はいずれも観客に大いに受け、アーノルドの名前は“アクション・ヒーロー”の代名詞となった。
一方、1988年にはアイバン・ライトマン監督の『ツインズ』で、ダニー・デビートの双子の弟、ジュリアスに扮し、念願のコメディ出演も果たす。デビート、ライトマンと再びトリオを組んだ1995年のヒット・コメディ『ジュニア』では、ゴールデン・グローブ賞のコメディ部門で男優賞にノミネート。1990年には、SFスリラー『トータル・リコール』と、ライトマン監督のハートウォーミング・コメディ『キンダーガートン・コップ』で、ワンツー・ヒットを放つ。『ターミネーター2』は、これまでの出演作の中で商業的に最も成功を納め、世界中で5億6百万ドル以上の興収を上げた。1993年には、全米映画館主協会から“90年代の国際的スター”に選ばれ、主演作『ラスト・アクション・ヒーロー』が、またもや1億6千8百万ドルを売り上げる世界的ヒットとなった。また、1989年にはHBOの『フィアー・ナイト』の1挿話『スイッチ』で監督デビューも飾った。オーストリアのグラーツで過ごした少年時代、シュワルツェネッガーはスポーツに熱中。まず、サッカーと陸上競技を始めた。15歳になると、重量挙げに打ち込むようになり、3年間、鍛錬に励んだ後、ボディ・ビルに転向。20歳でミスター・ユニバースに優勝したのを皮切りに、13もの世界タイトルを獲得するという快挙を成し遂げた。1997年には、地域社会への多大な貢献が評価され、全米映画館主協会から第一回のヒューマニタリアン賞を受賞している。
■ロバート・デュバル(グラハム・ウィアー)
カリフォルニア州サンディエゴ出身。軍隊一家の3人息子の一人として生まれる。イリノイ州エルサのプリンシピア大学で、歴史と政治学を学ぶ。その後は演劇科に専攻を変え、学位を取得。2年ほど米国陸軍に入隊した後、1955年にニューヨークに移ると、名門ネイバーフッド・プレイハウスに入団。高名な演技指導者、サンフォード・マイズナーが最初にデュバルの才能を認め、ホートン・フートの“The Midnight Caller”に抜擢、出演させた。働きながら演技の勉強を続けたデュバルは、2人の役者の卵と共同でアパートを借りていた。その2人とは、ダスティン・ホフマンとジーン・ハックマンだったというから驚く。この時期、ホートン・フートは名作『アラバマ物語』(1962)に謎めいたブー・ラドリー役に、デュバル青年を推した。この映画でデュバルはスクリーン・デビューを果たす。70年代に入ると、本格的に映画界で活躍をし始め、『M★A★S★H(マッシュ)』(1970)を皮切りに、『追跡者』(1970)、『THX-1138』(1971)に出演。1972年、フランシス・フォード・コッポラ監督の大作『ゴッドファーザー』で、アカデミー賞助演男優賞にノミネート。1979年『地獄の黙示録』のキルゴア中佐役で、2度目のオスカーの主演男優賞を獲得。『パパ』(1979)で、アカデミー賞主演男優賞ノミネート。やがて記憶に残る名作『テンダー・マーシー』(1982)で、遂にオスカーの主演男優賞を獲得。HBOのオリジナル映画『スターリン』(1992)では、ゴールデン・グローブ賞の男優賞を受賞。1992年、映画の発展と製作に、さらに積極的に貢献しようと、「ブッチャーズ・ラン・フィルム社」を設立。質の高い作品を求める姿勢は衰えず、“The Apostle”(1997)を監督、デュバルは再びアカデミー賞にノミネーションされ、75人以上もの映画批評家から、“1997年度トップ・テン映画”にリストアップされた。次に『ディープ・インパクト』(1998)に出演し、再びトラボルタと組んだ『シビル・アクション』(1998)では、ゴールデン・グローブ賞ドラマ部門で助演男優賞にノミネート、アカデミー賞でも6回目のノミネーションとなった。また最新作『60セカンズ』(2000)では、ニコラス・ケイジと共演している。
■マイケル・ラバポート(ハンク)
1993年のサンダンス映画祭で、フィルムメーカー賞を受賞したアンソニー・ドライゼン監督の『ゼブラヘッド』(1992)に主演し、映画ファンに注目される。デトロイトの黒人社会で育ったユダヤ人のティーンエイジャーを演じ、インディペンデント・スピリット賞にノミネートされた。以後も、多才ぶりを発揮して、ジョン・シングルトン監督作『ハイヤーラーニング』(1995)や、バーベット・シュローダー監督作『死の接吻』(1995)ではシリアスな演技を、ウディ・アレン監督作『誘惑のアフロディーテ』(1996)ではコメディ・センスを披露した。ほかに『ネゴシエーター』(1997)、『コップ・ランド』(1997)、『ハッピィブルー』(1996)、『Illtown』(1996)、『パルメット』(1998・V)などのクレジット作品がある。また、レニー・ハーリン監督のワーナー作品『ディープ・ブルー』(1999)にも出演している。
■トニー・ゴールドウィン(ドラッカー)
1990年のスマッシュ・ヒット作『ゴースト/ニューヨークの幻』で、悪役としてパトリック・スウェイジ、デミ・ムーアと共演し、国際的に知られるようになる。先頃『A Walk on the Moon』(1999)という映画を監督、プロデュースし、絶賛された。ロサンゼルス出身。マサチューセッツ州のブランデイス大学とニューヨーク州のハミルトン・カレッジで学ぶ。主な出演作は、『ペリカン文書』(1993)、『ニクソン』(1995)、『コレクター』(1997)、『ターザン』(1999・声の出演)、近々公開予定の『Bounce』(2000)など。特筆すべきTV作品としては、「プレジデント・トルーマン」(1995)や、ニール・アームストロングを演じた「フロム・ジ・アース/人類、月に立つ」(1998)などがある。現在、アシュレイ・ジャッド主演の『Animal Husbandry』(2001)を監督準備中。
■ウェンディ・クルーソン(ナタリー)
カナダのオンタリオ州ハミルトン出身。『ドクター』(1991)、『危険な遊び』(1993)、『コリーナ・コリーナ』(1994)『サンタクローズ』(1994)、『エアフォース・ワン』(1997)、『アンドリューNDR114』(1999)など、さまざまな話題作に出演している。TVでは、HBOのミニ・シリーズ「フロム・ジ・アース/人類、月に立つ」(1998)ほか、数本のテレビ映画に出演した。次回作は、ハリソン・フォード、ミシェル・ファイファー共演、ロバート・ゼメキス監督によるミステリー・スリラー『ホワット・ライズ・ビニース』(2000)。
■マイケル・ルーカー(マーシャル)
アラバマ州ジャスパーで生まれ、シカゴのグッドマン・スクール・オブ・ドラマで美術の学士号(BFA)を取得。1982年に卒業後すぐ舞台に立ち、シカゴの演劇界でメキメキと頭角を現す。映画界でも、さまざまな話題作に出演。ごく一部を上げると、オリバー・ストーンの問題作『JFK』、レニー・ハーリンの娯楽アクション『クリフハンガー』(1993)、デンゼル・ワシントン主演作、『ボーン・コレクター』(1999)など。ルーカーは『ヘンリー』(1986)の際だった演技で絶賛され、ジョン・セイルズ監督の『エイトメン・アウト』(1988)や、アラン・パーカー監督作『ミシシッピー・バーニング』(1988)、コスタ・ガブラス監督作『ミュージック・ボックス』(1990)、そしてトム・クルーズと共演したトニー・スコット監督作『デイズ・オブ・サンダー』(1990)などで、それぞれ高い評価を受けた。
■サラ・ウィンター(タリア)
オーストラリア人のウィンターは、『スウィート・ダンス』(1995・V)、『スピーシーズ2』(1998)、『Molly』(1999)、『Race Against Time』(2000)、『Farewell My Love』(1999)、『Moving August』(2000)などに出演している。次回作は、ヤヌス・カミンスキー監督、ウィノナ・ライダー主演の『Lost Souls』(2000)と、ブルース・ベレスフォード監督、ジョナサン・プライス主演『Bride of the Wind』(2001)。TVでは、印象に残る役柄を演じた「The City」(1995)や、「Sex and the City」(1998)へのゲスト出演などがある。
■ロドニー・ローランド(ワイリー)
人気ドラマ「X-ファイル」で演じたスカリー捜査官の恋の相手役がピタリとハマり、お茶の間の人気者になる。南カリフォルニアに生まれ、水泳とウォーター・ポロの奨学金で、マリブのペッパーダイン大学で学ぶ。1年生の時、ヨーロッパ旅行でファッション・フォトグラファーの目に留まり、モデルとなる。次に舞台劇に興味を持ち、修行のためニューヨークへ移住。現在はロサンゼルス在住。マイケル・ラドフォード監督の新作『Dancing At the Blue lguana』(2000)を撮り終えたばかり。
■テリー・クルーズ(ヴィンセント)
クルーズは『シックス・デイ』で大々的にスクリーン・デビューを飾る。ミシガン州フリント出身の彼は、アートとアメフトの両方で奨学金を獲得し、フリント・アカデミーと西ミシガン大学に通う。1991年、ロサンゼルス・ラムズにドラフトされ、2シーズン、ラインバッカーとして活躍した。1998年はじめに引退。全米で98%以上のネット局で放映され、大ヒットしたTVシリーズ「Thunder Dome」(1999)で粗野な乱暴者“T-マネー”役を演じて、役者としてブレイクする。
■テイラー・アン・リード(クララ)
小学3年生のリードは、映画、TV、CMで目覚ましい活躍をしている新進の若手スターだ。最近では、アンソニー・ウォラー監督作『The Guilty』(1999)、スティーヴン・ギレンホール監督作『Resurrection』(1999)、主役を演じたスコット・ウェバー監督作『Revisited』(1998)などに出演。リードは、家族とともにバンクーバーに住み、オフはバレエ、歌、タップダンスとジャズ・ダンスの稽古にいそしんでいる。
■ロジャー・スポティスウッド(監督)
ジェームズ・ボンド物スリラー『007 トゥモロー・ネバー・ダイ』(1997)から、高い評価を得たショータイムのTV映画「Hiroshima」(1995)まで、手がけた監督作品は多岐にわたる。イギリス生まれのスポティスウッドは、イギリスのドキュメンタリーやコマーシャルの編集者として名を成した。1970年代初期にアメリカに渡ると、伝説的な監督サム・ペキンパーの問題作『わらの犬』(1971)の編集に携わった。編集者としての作品は、ほかに『ゲッタウェイ』(1972)『ビリー・ザ・キッド/21才の生涯』(1973)、『ストリートファイター』(1975)、などがある。監督デビュー作には、ジェイミー・リー・カーティス主演のカルト・クラシック、『テラー・トレイン』(1980)。数々の印象的な作品でキャリアを積み上げてきた。一方、TVの仕事でも、複数の賞を受賞、またはノミネートの経験がある。
■ダニエル・ペトリ,Jr.(製作総指揮)
『ビバリーヒルズ・コップ』(1984)の脚本でアカデミー賞にノミネートされるなど、脚本、製作、製作総指揮、監督とめまぐるしい活躍を見せてきたダン・ペトリ,Jr.は、ダニエル・ペトリ監督と、プロデューサーのドロシア・ペトリの長男として生まれた。母親のドロシア・ペトリは、『愛は沈黙を越えて』(1985)と『キャロラインはだれ?』(1990)のプロデュースでエミー賞を獲得している。カナダとアメリカ合衆国両方の市民権を持つ彼は、幼い頃から映画少年で、両親について世界中のロケを回っていた。1975年に心理学の学位を取ってカレッジを卒業し、エージェント会社ICMで脚本を書き始め、まもなく脚本家と監督のエージェントに昇格。5年後、会社を辞めて、再び脚本家を志す。最初の執筆作品は、AFIの短編「The Expert」。初めて脚本が売れたのは『ビッグ・イージー』(1987・V)で、最初のスマッシュヒット作品となった『ビバリーヒルズ・コップ』のリリースに続き、シドニー・ポワティエ、トム・ベレンジャー主演のスリラー『影なき男』(1988)も共同脚本を担当。次にトム・ハンクス主演『ターナー&フーチ/すてきな相棒』(1989)の共同脚本と製作総指揮を担当した。1991年、ショーン・アスティン、ルイス・ゴセット・Jr.共演の『トイ・ソルジャー』で、初めてメガホンを取る。アメリカの8千人あまりの映画・TV脚本家の代表組織=アメリカ脚本家協会(Writer's,Guild of America)で、1997年から1999年の9月まで、彼は同組織の代表をつとめ、現在は西部支局副代表をつとめている。
■マイク・メダヴォイ&ジョン・デイビソン(プロデューサー)
過去25年あまりのうちに、アメリカで作られた最も良質な映画を挙げていけば、メダヴォイがその中でどれだけ多くの作品を成功に導いてきたか、が分かるだろう。1963年、歴史学で優秀な成績をおさめ、UCLAを卒業。1964年、ユニバーサル・スタジオに入社。1965年、タレント・エージェントとしてゼネラルアーティスト社で働くようになり、1971年には、国際的に名の通ったクリエイティブ・マネージメント社で副社長として映画部門の責任を負い、スティーブン・スピルバーグ、フランシス・フォード・コッポラ、テレンス・マリック、ジェーン・フォンダ、それにジーン・ワイルダーといったそうそうたる面々と仕事をしてきた。1974年、ユナイテッド・アーティスツ社は彼を製作部門の副社長に迎え、3年以上にわたり、目覚ましい成績を上げたチームの一員として、『ロッキー』(1976)、それにオスカーの作品賞を受賞した『カッコーの巣の上で』(1975)、『アニー・ホール』(1977)などの名作に携わった。1978年、オライオン・ピクチャーズ共同創立者になった彼は、『プラトーン』(1986)、『アマデウス』(1984)、『ターミネーター』(1984)、『ダンス・ウィズ・ウルブズ』(1990)、『羊たちの沈黙』(1991)などの作品を次々とリリース。オライオンでの12年間の実りある年月の後、トライスターの会長に就任。彼の采配のもと、高い評価を受けた『フィッシャー・キング』(1991)、ボックスオフィスのモンスター『ターミネーター2』(1991・カルロコとの共同)、『クリフハンガー』(1993・カルロコとの共同)、『フィラデルフィア』(1993)などがリリースされている。現在は、フェニックス・ピクチャーズの会長兼共同創設者としてテレンス・マリック監督の『シン・レッド・ライン』(1998)などを製作。『シン・レッド・ライン』はアカデミー賞7部門にノミネートされ、数々の賞に輝いた。中国の上海で生まれ、チリで育ったメダヴォイは、両国の政治や社会問題に関して精力的な活動を続けている。妻のイレーナ・メダヴォイとの間に、ブライアンとニコラスの2人の子供がいる。カリフォルニア州ロサンゼルス在住。ジョン・デイビソンは、ポール・バンホーベン監督作『スターシップ・トゥルーパーズ』(1997)、『パラダイスの逃亡者』(1994)、『ロボコップ』(1990)、『ロボコップ2』(1994)、『トワイライトゾーン 超次元の体験』(1963)、『フライング・ハイ』(1980)、『ピラニア』(1978)などの一連の作品をヒットに導いた。
■コーマック&マリアンヌ・ウィバリー(脚本)
ともに南カリフォルニアのビーチ・コミュニティで育ち、同じ高校に通いながら、卒業するまでお互いほとんど面識がなかった。揃ってUCLAに入学し、マリアンヌは数学、コーマックは経済で学士号を取る。マリアンヌはその後UCLAの映画科の大学院に進み、ジャック・ニコルソン&ハーモニー・ゴールド脚本賞を受賞。1993年、ウィバリー夫妻は脚本を共同執筆する決意をし、2人ではじめて練った企画“The Kid Who Stole Christmas”がディズニーに売れ、以来ずっと共同で仕事をしている。『シックス・デイ』は、ウィバリー夫妻初のメジャー作品となる。最新作は、ソニー・ピクチャーズ作品の『I Spy』で、同名の古いテレビ番組「アイ・スパイ」(1956)を下敷きにしている。マリアンヌとコーマックはマンハッタン・ビーチに住み、8歳になる娘エミリーがいる。
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